氷の張った湖を・・・


 クリスマスが間近に迫った日の夜、オオワシを保護したという連絡が網走から入りました。湖に落ち、薄氷を割りながら泳いでいたとのこと。すぐに緊急出動し、約2時間の雪道ドライブ。ようやく受け渡し場所に到着すると、衰弱したオオワシがダンボール箱に入れられていました。
深夜の救急隊


 外はマイナス10度を下回っています。応急処置を施し、すっかり冷え切ったオオワシの身体を、車のヒーターで温めながら野生生物保護センターへと急ぎます。
 途中、所々のパーキングエリアに立ち寄り、容態を確かめることも大切です。
気の許せない相手


 釧路湿原野生生物保護センターの治療室に到着したオオワシ。ずぶ濡れになっている羽毛を乾かしながら、診察や血液検査、レントゲン検査などを行います。
 あまり元気が無いとはいえ、相手は日本最大級の猛禽、オオワシ。気を許せない相手だけに、獣医師は完全な防護体制で診療に臨みます。
体中に痛々しい生傷が


 両翼の裏面や前胸部の皮膚は擦過傷となって破れ、所々に出血が見られます。足指の皮膚も数カ所で割け、血がにじんでいます。
 どうやら湖に落ちたオオワシは、水面に張った氷に何度もよじ登ろうとし、さらに泳ぎながら胸や翼を激しく氷に打ち付けていたと考えられます。
気力を振り絞り


 止血や補液など、一通りの処置を終え、静かな入院室に移されたオオワシ。自ら立ち上がり、警戒の声を上げながら威嚇してくるものの、足下はまだふらついています。
 人間を前に、気丈にも元気がある素振りを見せていますが、実際は立っている事すらやっとの状態だとわかります。
  体力の回復を願い


 まず、消耗しきった体力や気力を十分回復してもらわないと、本格的な治療に進むことができません。
 余計なストレスを与えないように、特別なCCDカメラ(暗視カメラ)を用いた遠隔的な経過観察が、未明まで続きます。
 
   
  年末の引っ越し


 ようやく翼の傷が塞がったため、本格的に体力を取り戻させるために、奥行き40mの大型フライングケージに引っ越しさせました。久しぶりの新雪は、きっと速やかに野生を思い出させてくれるでしょう。
 
   
  リハビリ開始!


 大型猛禽類の場合、一週間入院しただけで重たい身体を上昇させるための筋力が衰えることがあります。そのため、命に危険が及ばない限り、出来るだけ早い段階で広いケージに移すことを心がけています。
 
   
  重いな・・・


 フライングケージ放されたオオワシは、一気に飛び立ちました。しかし・・・やはり7キロ近い体重をスムーズに上昇させるには至りません。翼に痛みが残るのか、筋力が衰えたのか? ここから先は、野生個体の観察経験に基づいた、"望診"がとても重要になります。
 
   
  第一ステップ


 数時間後、立てかけられた足場を利用し、ようやく一番低い止まり木にたどり着いたオオワシ。
 これから広い空間を少しずつ飛び回りながら、10m以上も上にある最上段の止まり木を目指します。
 
   
  力一杯


 年末も、正月も関係なし!  野生に帰る日を目指し、ただひたすらトレーニングの日々。そして・・・徐々に力強い羽ばたきが戻ってきました。
 
   
  風をとらえて!


 まだ高く飛ぶ事が出来ないものの、大きな翼でしっかりと風をとらえ、果敢にも滑空に挑戦です。
 その鋭い眼差しは、すでにケージの外を見据えているようです。
 
   
  より高く!


 ずっと目指してきた最高地点に向かって、力強くテイクオフ! そして・・・
 
   
  登頂成功


 とうとう、登頂成功! 頂点から見下ろす姿は、なんとも威厳に満ちています。
 
   
  呼び覚まされる野生


 ケージ内の最も高い地点を征服し、より機敏な動きを見せるようになったオオワシ。時には弾丸のように翼をすぼませ、餌場まで急降下!
 
   
  久しぶりの滑空


 ケージの天井スレスレに悠然と滑空する姿も見られるようになってきました。
 飛翔技術に加え、採餌能力や"野生感"(人間との距離のとり方など)を取り戻す事が野生復帰する上で重要です。どうやら徐々に卒業日が見えてきたようです。
 
   
  競争を再現


 野生動物の世界には必ず競争が存在します。厳冬期の北海道では、少ない餌をしっかりと自分のものにする事が、厳しい季節を乗り切るためにはとても重要です。
 野生復帰が間近に迫ったオオワシは、同じような生活スタイルを持つオジロワシと同居し、限られた餌を奪い合いながら競争に打ち勝つ能力を磨いています。
 
   
  野生の行動を促す


 競争と言っても、ワシ達はいつも喧嘩をしているわけではありません。本来同じような環境に住む彼らは、いつも互いをよく観察し、そうすることによって時には餌のありかを効率よく見つけ出しているのです。この2種のワシは、同じような場所で塒(ねぐら)をとることが知られています。ケージ内でも、適度に距離をとりながら同じ止まり木を利用し、来るべき野生での生活に備えています。
 
   
  卒業


 過酷なリハビリを終え、卒業の時を迎えたオオワシは、多くのワシ達が越冬する風蓮湖まで運ばれました。「もう治療室に戻ってくるんじゃないぞ!」と心の中で語りかけながら、そっと扉を開きます。
 
   
  白銀の世界


 輸送ケージのドアが開かれるとすぐ、オオワシは勢いよく白銀の世界に飛び出しました。力強いステップで大空に向かって羽ばたきます。
 
   
  取り戻した野鳥の心


 7キロ以上もある巨体を、大きな翼がグングンと持ち上げます。私達を振り返る事もなく、近くの森に向かって一直線! オオワシの心と体が再び野鳥に戻った瞬間です。
 
   
  冬の使者、再び大空へ


 遙か上空で翼一杯に風をはらみ、滑るように滑空! 久しぶりの大空を満喫しているようです。野生動物は、野生にいる姿が一番美しい。貴重な命を消さずに済んだ喜びが、救護に携わった獣医師達の心に染み渡ります。