「死んでいるのかと・・・]


 8月初旬、瀕死のシマフクロウを保護したとの通報が入りました。草むらでグッタリと横たわっていたそうで、発見者は「死んでいるのかと思った」とのこと。すぐに現場に駆けつけ、輸液をしながらセンターに緊急搬送しました。 すでに付いていた足環の番号から、私達が今年の春、雛の時に捕獲し、健康診断と標識の装着を行った鳥であることがわかりました。
キツネに襲われ全身ボロボロ


 センターで精密検査を行った結果、全身に約20カ所にも及ぶ深い刺創(刺し傷)が見られ、右翼の先端も骨折していました。頭を大きく傾ける中枢神経症状や左眼(角膜)の白濁も見られ、キツネに襲われたと推察されました。身体に負担がかかる麻酔時間を少しでも短縮するため、二人の術者が咬創(咬み傷)の縫合と接骨を同時に行いました。
※写真左にある2つの小さな平行線は、骨折の治療で使った極小のボルトです。
回復の兆し


 外傷が全身に及んでいることや、長時間炎天下に横たわっていたことから、雛の衰弱が非常に激しく、一刻の予断も許さない状態が続きました。点滴で各種の薬剤を投与しながら、酸素室の中で集中治療を行った結果、一週間近く経ってようやく差し出した小魚を飲み込めるようになりました。
ICUから一般病棟へ


 入院当初は重度の中枢神経症状が見られ、平衡感覚も失っていましたが、治療の効果が徐々に現れ、全身症状の改善が見られるようになりました。
 8月下旬、まだ足下がふらつくものの、少しずつ歩けるようになったため、ストレスを最小限に抑える目的で一般の病棟に移しました。
新開発した道具で治療


 頭部を咬まれた際に傷ついた眼が、角膜炎を起こして白濁していたため、炎症を抑える薬を毎日点眼しました。この時活躍したのは、シカ革を専門に扱う団体※と共同で開発した、獣医診療専用の特殊なグローブ(写真右)。猛禽類の鋭い爪やクチバシから身を守りながら、点眼や採血などの細かな作業を行うことが出来ます。
※奈良県毛皮革広報協同組合
  心も身体も徐々に回復


 虹彩に若干の後遺症が残るものの、左眼(角膜)の濁りはだいぶ改善されました。食欲も回復し、浅い水鉢から生きた魚を自ら捕れるようになってきました。また、診療のため獣医師が入院室に入ると、クチバシを鳴らして威嚇したり、逃げようとする行動が見られるようになり、折れかけていた"野生の心"がようやく立ち直ってきたことが伺い知れるようになりました。
 
   
  順調に回復


 入院室で治療を続けていたシマフクロウは順調に回復しています。身体に負っていた多くの傷の抜糸も済み、翼の包帯も外すことが出来ました。翼先の一部に後遺症が残りましたが、今後のリハビリ次第ではまた飛べるようになるかも知れません。
 入院室に設置された止まり木を活発に伝い歩き、人が近づきすぎると羽根を膨らませて威嚇のポーズ。気持ちにも自信が戻ってきたようです。
 
   
  採餌訓練を開始


 炎症によって白く濁っていた眼(角膜)もほぼ治り、一般生活には支障が無いように見受けられます。当初、傷による視力障害があったため、治療中は死んだ魚を嘴(くちばし)に咥えさせて餌を認識させていましたが、症状の改善と共に餌捕りの訓練を開始しました。浅く水を張ったバットの中に、生きたマスを数匹放ち、好奇心をくすぐり捕獲を促します。今では、一日数匹の魚を自ら捕獲して食べられるようになりました。