鉛中毒

Lead poisoning

なぜ鉛中毒は発生するのか

猛禽類の鉛中毒においては大きく2つの鉛汚染経路があります。主な経路は、被弾したシカや水鳥の体内に残る狩猟用の鉛弾を採食することで一次的な鉛中毒となる場合です。また、水鳥が筋胃(すなぎも)で餌をすり潰すための小石を拾って飲み込む際に、環境中(主に湖底)に残留した鉛散弾や釣り錘を誤って摂取することで一次中毒に陥ることもあり、その水鳥を捕食した猛禽類が二次的に汚染される場合もあります。
鉛に汚染されると、血液を介して全身の臓器に鉛が蓄積し、極度の貧血や神経症状による運動能力の低下等の様々な毒性を示します。
鉛が高濃度であった場合は、治療で回復が見込めないことも多く、苦しみながら死に至る個体が少なくありません。鉛が低濃度であったり、不調が軽微であったとしても、飛翔や採餌等の正常な生態を維持できなくなることで、危険を回避できずに事故や捕食のリスク(水鳥等)が高まったり、自然界で自活できずに死亡することも考えられます。

鉛中毒で死亡したオオワシ(2016年2月)

鉛中毒で死亡したクマタカ

道内における鉛中毒の実態

北海道ではエゾシカ猟が盛んに行われています。以前は、射止められたシカは猟場で解体され、被弾部や内臓など獲物の一部がそのまま山野に放置されることがありました。これら(残滓)に残った鉛ライフル弾の破片などを猛禽類が肉とともに食べることで、重篤な鉛中毒が引き起こされます。北海道では、1996年に初めてオオワシが鉛中毒と診断され、これまでに、わかっているだけでも200羽近くのオオワシやオジロワシが、鉛中毒で命を落としています。これらの多くは、釣り人や登山者などによって偶然発見され、特別な検査によって鉛中毒と診断された数です。ワシ類の大部分は厳冬期に渡来し、雪深い山中など人目に付きにくい場所で鉛中毒死することが多いため、確認されている被害個体は氷山の一角に過ぎません。

被弾したシカから摘出した鉛ライフル弾の破片

エゾシカの狩猟残滓を食べるオオワシ

鉛中毒の現状と対応

ワシ類の鉛中毒が多発したことを受け、北海道は以下のように段階的に鉛弾を規制しました。

2000年度
エゾシカ猟における鉛ライフル弾の使用規制鳥獣保護法に基づく北海道告示
2001年度
エゾシカ猟における鉛散弾の使用規制鳥獣保護法に基づく北海道告示
2003年度
狩猟によって発生する獲物の放棄の禁止鳥獣保護法
2004年度
ヒグマ猟を含むすべての大型獣の狩猟における鉛ライフル弾鉛・粒径7㎜以上の鉛散弾(スラッグ弾を含む)の使用禁止鳥獣保護法に基づく北海道告示
2014年度
エゾシカ猟時の特定鉛弾所持の禁止北海道条例

しかしながら、鉛弾の規制が開始された2000年から2023年までに、86羽のオオワシと41羽のオジロワシが高濃度の鉛に汚染された生体や死体としてセンターに搬入されており、現在まで鉛中毒の収容がゼロになった年はありません。研究所に運び込まれてくる個体は、直接的な収容原因が明らかに鉛中毒ではない場合も含めて鉛濃度の測定を行っていますが、2008年から2018年までに収容されたオオワシ・オジロワシの死亡個体においては2~4割(収容年や種により異なる)が鉛に汚染されていました。鉛弾規制直後に道東で行った野外調査では、高濃度の鉛に汚染されたクマタカが捕獲され、オオワシやオジロワシだけでなく、クマタカ等にまで被害が広がっていることが判明しました。規制下においても依然として鉛中毒は発生しており、現存の規制が鉛弾の使用の禁止にとどまり、販売や購入について制限はなされていないことや、現行犯以外での取締りが極めて困難であることなどにより、規制遵守の不徹底が長引いています。

さらに、鉛弾に対して一部地域で規制があるものの、合法的な使用が続く本州以南でも、複数のクマタカやイヌワシが高濃度の鉛によって汚染されている実態は明らかになっているため、道内に限らず本州以南の狩猟も含めた、全国的な規制と無毒弾への移行が求められています。

鉛弾(左)と銅弾(右)、目ためでの判別は難しい

無毒弾とは、鉛と化学的性質が異なり重篤な中毒を起こす可能性が小さい金属(銅やスチール等)で製造された狩猟弾を指し、鉛弾からの移行が鉛中毒根絶のための抜本的な方法です。

銅弾は、万が一飲み込んでしまっても胃内での溶解が比較的遅く、ペリット(消化できないものが吐き出されたかたまり)として体外へ排出されやすいと文献により報告されています。

狩猟における機能についても、銅は金属硬度が鉛よりも大きいため、獲物の体内で飛散せずに金属塊のまま進むことから一発当たりの威力が大きく、狩猟対象へ与える苦痛も小さくすることができると言われています。一方で、鉛弾の場合は柔らかい金属なので体内で弾けて金属片が飛散し、散らばった金属片一つ一つが鉛中毒に陥るリスクを孕んでいるため、複数個体の被害につながる可能性も高まります。

現状を踏まえると、無毒弾(銅弾やスチール散弾等)の普及は芳しくなく、銅弾の価格が鉛弾と比較して高価であることや、道外では特に入手が困難な場合があること等、生産・物流面での課題も無毒弾が浸透しない背景として挙げられます。その他にも、普及啓発の課題として無毒弾に対する誤認識があります。鉛弾と比較して威力が小さいと思われ、無毒弾への転換が阻まれる事もありますが、銅弾については北海道の大型獣の狩猟(エゾシカやヒグマ)で実績も示されており、科学的な文献でも威力は十分にある事が証明されています。

鉛中毒問題の解決に向けて

2013年10月、アメリカのカリフォルニア州で狩猟時に鉛弾の使用を禁止する法案が可決されました。鉛中毒の防止を目的とした鉛弾規制は、今や世界的な流れになりつつあります。

日本においても、2030年度に野生鳥類における鉛中毒の発生をゼロにすることを目指し、2025年から全国で段階的に鉛銃弾の使用を規制する方針を環境省が2021年10月に表明しました。

北海道における希少猛禽類の鉛中毒は1990年代後半の苦境を抜けたものの、今も続いている問題であり、解決のためには全国的な取り組みが必要です。